(1) 株価はコロナ禍深刻化直前の93%水準に復帰
 コロナ禍に係るミステリーとして、日本での死亡者数がなぜ少ないのか、PCR検査はどうして増えないのかと並び、実体経済の急速な悪化にもかかわらず株価が底堅いことがある。世界の株価は、昨年末以来堅調であったが、2月下旬からCovid-19の深刻化に伴う都市部のロック・ダウンや活動自粛に伴い急速に低下した。しかし、3月20日前後をボトムとして上昇をはじめ、とくに5月中旬からの経済封鎖の解除により急回復した(表)。結局、5月末の欧米日の株価は2月20日頃の株価下落前の84~94%の水準まで回復している。
 日本の株価も世界の株価と同様の動きを見せた。日経平均株価は2月20日には23,479円であったが、Covid-19拡大防止の為の経済の自粛が本格化するに従い低下し、3月19日には16,552円になった。(2/20~3/19の下落率は約30%)。しかし、3月下旬から持ち直し、5月15日に2万円を回復し、5月下旬には緊急事態宣言の解除を機にさらに上昇し、5月末には21,916円に戻った。この株価は、コロナ禍前の水準の93%である。
 2月下旬から現在までの3か月、多くの命が失われ、小中高校は休校となり、飲食店、イベント、娯楽産業は休業を強いられ、観光客は絶え、少なからぬ企業が廃業・破綻し、多くの職が失われた。巨額の補正予算が組まれ、一律給付と企業の資金繰り支援策が打たれ、その財源として巨額の国債が発行され、日本の財政状況はさらに悪化した。他方で、我々の生活スタイルや価値観、そしてビジネス・スタイルは大きく変わった。しかし、株価だけはジェットコースターのように下落して再上昇し、元に戻りつつある。
表 欧米日の株価指数の推移
(2) 株価は感染者数、死亡者数はもちろん、実体経済とも乖離
 改めて気付くのは、株価は人々の苦楽や健康状態・生死はもちろん、実体経済の浮沈ともかなりかけ離れた動きを示す事である。
 まず、いずれの国を見ても、毎日報道される感染者数や死者数と株価はほとんど連動しない。これは株価が人命の価値ではなく、企業の価値を示すのであるから当然であるが、人命より企業の価値の方が優先される現実は哀しくもある。日々の株価は、特効薬やワクチンの開発のニュースに反応して上昇することもあるが、株価の大きな流れ、より長期的な流れは明らかに感染者数・死者数とは乖離している。
 株価は経済指標なのだから、人命と乖離するのは仕方ないとしても、株価は実体経済とも乖離している。大恐慌以来の経済悪化と言い、米国などではおびただしい失業者が生まれ、日本の名門企業レナウンも破綻する中で、株価はコロナ禍前の9割前後にチャッキリ戻っている。また、景気指標が顕著に悪化し企業倒産や失業が増加し始めたのは3月末から4月だが、株価は3月20日前に底を打ちその後堅調である。「株価は経済の先行指標である」「株価は、経済の動きを先取りし、変化の要因が明らかになった際に直ちに反応する」といった説明がなされようが、それで上記のズレをすべて説明できるであろうか? 筆者はそうした「期待先行」では説明しきれないと思う。

(3) まさかコロナ・バブル?
 株価や地価といった資産価格が、企業利益や賃料などのファンダメンタルズから乖離して上昇することを「資産バブル」と呼ぶ。
前述のとおり、世界経済は大恐慌以来の90年ぶりの不況に陥り、この4~6月期の実質経済成長率は、年率20%(前期比5%)以上の減少を示すと予測されている。経済封鎖がこのまま解除され、7月以降経済活動が正常に向かっても、先進国(欧米日)は2020年のマイナス経済成長は避け得ないであろう。(蛇足ながら、Covid-19の第2波、第3波が来るかどうか、感染者・死者が再びどの程度増加するかは直接経済には影響しない。経済にとっては、悲しいかな、感染抑制の為に経済がどの程度制限されるか、緊急事態宣言やロック・ダウンが再び発出されるか、の方が重要なのである。)
 他方で、株価は前述のとおり、1か月間低下した後2か月上昇し、低下前の9割に戻っている。つまり、2020年に入ってからの5か月間の株価は、実体経済に比べて大きく上昇していることになる。
 株価水準がファンダメンタルズに比べて割高か割安かを判断するには、通常、PER(株価収益率=株価/1株当たり予想利益)が有力である。(株価水準を測る尺度としてはPBR(株価純資産倍率=株価/1株当たり純資産)もあるが、これは企業の解散価値を示す指標であり、マクロの経済活動との関係を考えるには適さない。) しかし、この大不況により、多くの企業が赤字に陥るため、PERは使えない。(分母がマイナスや極端に小さくなると、PERは意味をなさなくなる。)
 そこで荒っぽい分析だが、名目GDPと株価水準(東証TOPIX)を比較する。いずれも、第2次安倍内閣開始直前の2012年10-12月期を100とした指数でみている(図)。これを見ると、株価は第2次安倍内閣成立直後の2013年に急上昇し、名目GDPから大きく乖離した。2016年前半と2018年秋以降はしばしば株価は低下したが、その際名目GDPが低下したわけでもなかった。そして、2020年4月以降は名目GDPが大きく低下する中で、株価は上昇した。この2013~15年の株価の大きな上昇と、2020年3月下旬以降のあまりに早い回復を見て、「株価にバブルが生じているのではないか」という見方も広がっている。
 図株価GDP
図の注

(4) 世界的な金利低下が株価の上方乖離をもたらす
 株価は、企業利益等のファンダメンタルズとともに、金利の影響を受ける。金利(債券価格)と株価が裁定関係にある事、投資収益率が、投資で得られるキャッシュフロー(配当等)の合計の割引現在価値に等しくなることから、ファンダメンタルに変化が無くても金利が下がれば株価(あるいはPER)は上昇し、金利が上がれば株価(PER)は低下する。
 では2013年以降の株価と名目GDPの乖離を、金利で説明できるのか。それは何とも言えない。確かに、長期国債金利(10年物)は、2019年半ばまで継続的に下落しており、これが2013~15年の株価上昇を支えた可能性がある。しかし、2016年半ば、2018年~2019年に長期金利がマイナス圏に下落するなかでも株価は低迷していた。この3月下旬以降の株価上昇も金利では説明できない。リフレ派は、「マネタリーベース拡大による量的金融緩和が株価を持ち上げている」と主張するであろうが、マネーストックが反応していない以上、その影響経路は説得的ではない。日本の株価は、既に10年前からゼロ金利に近づいていた日本の金利では、どうやら説明できない。
 他方で、この3月下旬からの米国の株価の反騰は、米国の利下げが大きく影響しているであろう。何しろ、政策金利を3月に計1.5%引き下げ(3月3日0.5%、3月15日1%引き下げ)、一挙にゼロ金利にした。さらに、マイナス金利政策の導入まで検討しているとのことである。日銀の量的金融緩和のようなバーチャルなものではなく、リアルな金融緩和がこのように大胆になされれば、株価が反応しないはずはない。ただし、米国では、2016~18年末の間に合計2.5%の利上げを実施したが、この間に61%も株価は上昇している。この株価の上昇は、もちろん名目GDPでも、金利でも説明できない。おそらく実体のないトランプ政策への期待、つまりトランプ・バブルという事なのであろう。
 なお、日本政府をはじめ多くの国で、巨額の財政出動がなされ、それが株価を押し上げているという見方もあるが、それはおかしい。財政出動は、家計・企業への所得移転にしろ、政府部門の投資・消費にしろ、いずれもGDPの増加を通じて経済や株価に影響をする。総合的なGDPがどう見ても縮小する中では、たとえ財政主導がなされても、それは痛みを和らげる効果はあっても株価を持ち上げる効果を持つはずがない。
 結局、株価と名目GDPの乖離は、日米ともに、長期金利で説明できるような、できないような。なんとも曖昧な結論である。ただし、改めて図を眺めると、やはり2013~2015年の日本の株価上昇、そして現在の株価水準はどうも高すぎるように感じられる。他方で、需要は数年は2019年の水準には戻らずデフレ傾向が続くと予想されることから、金利は下がるか低位に張り付き、債券価格が下がることは当面ないであろう。この後、感染が再拡大し、再び経済封鎖をしなければならなくなる可能性もあることを考え合わせると、株式は今のうちに利益確定か損切りで手じまいし、リスク・オフに、すなわち債券に逃げるのが得策ではなかろうか。(了)