(1) 経済封鎖が解かれ人々は浮かれ出したが実物需要は本格的には戻らない

 「コロナ禍は、完全に終息した」と思えるほどの人出の復活である。全国の行楽地や繁華街では、観光客が密集している。新幹線も空港も結構混んでいる。マスクをつけない人も増えた。店も娯楽会場も、平常営業に戻りつつある。〇✕アラートは撤回され、国や都道府県の外出・遠出・営業の自粛要請が解けるや否や、人々は街に繰り出す。日本人の何と素直なことか。自粛要請が残っていた6月初旬の方が、新幹線も行楽地もガラガラでよほど安全であっただろうに、今週末からの外出は、結構危険が伴うのに、人々は意に介さず動き始め「三密」に突っ込む。日本人は、自身のリスク認識よりも、お上のお触れに従って行動する傾向が強すぎるようだ。

 皆、Covid-19が収束したわけではない事を知っているので、口では「自衛」や「手洗い」を口にしつつ、45月とは異なる晴れやかな顔を見せている。ことほど左様に、皆さん、ご都合主義である。まあ、そうしたご都合主義が、経済・社会の持続的発展の原動力となるので、それも歓迎するとしよう。筆者は、衛生管理・医療の従事者でも、感染症専門家でも無いので、目くじら立てる任には無い。

 このように2か月前とまったく違う解放感が漂う中、経済も改善の兆しを見せている。しかし、「V字回復」とは程遠く、将来はバラ色ではない。世界各国での経済封鎖解除により、蒸発していた飲食業・娯楽業や旅客輸送業などの需要は8割がた戻るであろう。巣籠り生活やテレワーク、遠隔授業などの自粛・都市封鎖に付随する新規需要、あるいはコロナ肺炎の治療薬やウイルスPCR検査・抗体検査のキットの需要も拡大した。しかし、国際航空、テーマパークや人々の参集を前提とする各種イベントの需要は、幾分は盛り返しても、昨年までのレベルに戻ることは無いであろう。たとえ、「Go To キャンペーン」などの支援策がいくら盛られようと、長期的な需要水準がかさ上げされることは、まず無い。(そもそも某省幹部など現政権の上層部は「需要は政府が作り出すもの」と勘違いしている節がある。こうした不遜な姿勢は「国民は政府の望む通り行動する」という前提に則っており、これがアベノマスクや一律給付金といった国民の意識とずれる施策を生み出したものと思う。)

 また、人々の価値観が、活発な活動からコンテンツ重視の巣籠りに、リアルな接触よりもネット上の交流や体験にシフトし、家計の不確実性が高まったこともあり、自動車や住宅などの大型支出が構造的に縮小することとなった。これらの、「構造コロナ不況業種」では、今後、企業倒産増やリストラが必至であり、数年後には、そうした部門で局所的に供給不足も生じるであろう。

 そうした状況を踏まえ、あえて世界経済の長期予測をすると以下のとおりである。今後数年間は、多くの産業で生じる需要不足を受け、経済成長は低迷し、物価は安定推移する。日本の場合は、デフレ再転落の可能性が高い。数年後(2022年頃)からは、構造調整が進んだ一部の業種において供給不足が生じ、それらの業種(財・サービス)を中心に価格が上がり始める。しかし、全体の需要が低迷している為、一般的なインフレにはならない(総需要・総供給とインフレ・デフレの関係については、2020.3.5付本コラムご参照。中国や米国の経済前提については見誤った部分があるが、ロジックは今なお使える。) 2024年頃には新しい生活様式と消費構造、そして産業構造が定まり、経済・社会は常態化する。その頃、コロナ対策で各国が発行した大量な国債と、そのマネタイズの為に市中に流れ出たマネーを金融市場が認識し、インフレが進みだす可能性がある。ただし、インフレが正確にいつ始まり、どの程度のものとなるかは、残念ながら分からない。

(2) 今後2年、ディスインフレ下で世界の中銀は超金融緩和持続

 経済に暗雲が垂れ込める中、各国の金融政策はしばらくICU(集中治療室)を出られそうもない。上記のようなグルーミーな経済展望から各国中銀が導き出す結論は、今後2年程度は、「超金融緩和」「金融政策にできることは何でもやる」という姿勢を貫くというものであろう。こうした超金融緩和を株式市場は好感し、これが世界の株価を支えている(株価のコロナ・バブルについての認識は2020.5.31付本コラムご参照)。

 問題は、金融緩和の中身、すなわち形態とツールである。日本銀行とECB(欧州中央銀行)には打つ手がない。デフレ基調が強く、既にマイナス金利にまで踏み込んでいる為「これ以上できることは何も無い」というのが日銀・ECBの本音であろう。マイナス金利は民間金融機関の利鞘を圧迫し、既に日本の地域金融機関などの経営を揺るがすに至っており、これ以上のマイナス金利深堀りは困難である。量的金融緩和とイールド・カーブ・コントロール(YCC)の名のもとに、大量発行された国債をドカ食いしているが、これは国債金利の上昇を抑える意味はあってもマネーストックを増やす効果はあまりない。

 一方、マイナス金利が解除される可能性も残念ながら乏しい。筆者は、マイナス金利は民間の資金需要を喚起するわけでもなく、徒に民間金融機関の体力を蝕むため、即刻辞めるべきだと思う。しかし、一度導入してしまったマイナス金利を止めれば、それは金融引き締めを意味する。大恐慌以来の景気後退期の只中で、マイナス金利政策を止める勇気は、日銀もECBも持ち合わせてはいないであろう。

 他方、中国人民銀行、台湾や東南アジア新興国の中央銀行は、利下げの余地を残している。中国・台湾や東南アジア新興国は総じて経済封鎖のダメージが小さく、欧州、米国や日本ほど経済成長率は低迷しないであろう。むしろ、来年にかけて「レ字回復」し、欧米先進国や日本より高い成長率を達成しそうである。為替レートが急騰する場合は別だが、東アジア新興国の金利は今後も相対的に高めに推移しよう。

 何といっても注目されるのは米国FRBの金融政策である。FRBは、コロナ禍が深刻化した直後の20203月に政策金利を計1.5%引き下げ(330.5%3151%引き下げ)、一挙にゼロ金利とした。その後、米国経済には最悪期を脱する兆しも見えるが、このコロナ禍、そしてそれに伴う都市のロックダウンで経済が被ったダメージは小さくなく、当分低調な経済が続くであろう。610日のFOMCでは「少なくとも2022年末まではゼロ金利政策を継続する」という方針が決定した。記者会見でパウエルFRB議長は「利上げは全く考えていない」と明言したが、これは嘘では無かろう。焦点は、さらに金融緩和を進める場合、どういった形態、ツールを採用するかである。

(3) FRBはマイナス金利ではなくYCCを選択するが・・・

 コロナ禍が深刻化した直後から量的金融緩和(QE; Quantity Easing)を進め、既にゼロ金利政策に踏み込んだ米国FRBにとって、次の(緩和の)一手は、①マイナス金利政策の導入、あるいは②日本銀行が20169月から採用するイールド・カーブ・コントロール(YCC;長短金利操作)、くらいしかない。

 もともとFRBは、「QE(量的緩和)は、金融市場への流動性供給によりシステム安定化を図る策としては有効だが、マクロ経済の総需要創出効果はあまり無い」と考えている様子である。(パウエル議長は、この点では黒田東彦日銀総裁と考え方が違うようだ。) 他方、政策金利の引き下げの効果は高く評価し、実際かなりダイナミックに金利を上げ下げする。その頼りとする金利政策がゼロ金利到達により使えなくなったのであるから、「すわ、次はマイナス金利か」、と考えるのが道理である。実際、トランプ大統領はマイナス金利にかなり興味を示していた。

 しかし、米国はマイナス金利を採用しないであろうと筆者は考える。FRB前議長のイエレン氏が2016年に下院・議会証言において述べた「マイナス金利の合法性に疑問がある(連邦準備法には「FRBは準備預金に対し利息(所得)を支払わねばならない」とある)」、というのが理由ではない。法律は必要とあれば、議会にて修正すれば済む。むしろ、FRBはマイナス金利の逆効果を心配しているのではないか。

 米国では政策金利(FFレート)をマイナスにすると、市中銀行は預金金利をマイナスとしたり、口座維持手数料を増額したりすると思われる。すなわち、マイナス金利の負担は、金融機関の利鞘を圧迫するよりも、一挙に預金者に転嫁される可能性がある。日本とは異なり、米銀は基本的に、コストを手数料などで顧客に転嫁する姿勢を貫く傾向があるからである。その場合、預金者は資金を預金から現金あるいはプラス金利を持つ債券などにシフトし、その結果、信用創造機能が低下する可能性が高い。つまり、マイナス金利の導入が、かえって金融引き締め効果を持つ懸念がある。

 他方、YCC(長短金利操作)には、パウエル議長も強い関心を寄せている。米国政府も、日本ほどでは無いが巨額の国債を発行しており、その消化は楽ではない。中央銀行が政府との阿吽の呼吸(アコード)により、長期金利を低位に保つべく国債買いオペを施さねば、いつ長期金利が跳ね上がり経済にパンチを食らわすかわからない。よって、YCCのように明示的な目標を設定するかどうかは別として、いずれの中央銀行も長期国債金利に無関心ではいられない。

 しかし、「長期国債金利に目標を設定する」ことの是非は別物である。金融論の教科書には、「長期金利を中央銀行はコントロールできない」とある。コントロールできないのに、それを金融政策の操作目標とすることは、いかがなものか。インフレ率目標のように、最終目標であればそれが未達であっても真正直に対応しなくても許される。(実際、黒田日銀が2013年に設定した2%のインフレ目標など、全く達成されていないのに、日銀は7年間同じ目標を掲げ続けている。)しかし、YCCの長期金利目標は操作目標であり、中央銀行はその達成の為に最大限の金融調節で対応しなければいけない。思い起こせば、日銀の黒田総裁も、FRBのパウエル議長も法学部・法律家の出身である。法学部出身者は「公的部門が経済・社会を自由にコントロールできる」と信じがちだから、と考えるのは穿ちすぎであろうか?

 米国FRBYCCを採用する可能性は高い。しかし、おそらくそれは失敗に終わるであろう。米国経済が2022年頃から本格回復しインフレ懸念が出始めたら、米国の長期金利は操作目標を上回って上昇するであろう。その時、米国だけでなく世界中で株価が崩落する懸念がある。また、新興国からの資金流出に歯止めが利かなくなり、新興国通貨の通貨危機が頻発する懸念もある。米国FRBYCC採用自体は大した出来事ではないが、それが機能しなくなった時の世界金融危機が怖い。こうしたコロナの2次災害は、杞憂に終われば良いが。(了)