米国第46代大統領に、ジョー・バイデン大統領が就任した。本来なら11月初旬の選挙後に次期政権の政策を占うのが通例である。ところが今回は、前大統領のドナルド・トランプ氏の悪あがきとそれに同調した支持者の暴動(テロ、あるいはクーデター未遂)があり、120日の就任式が済むまで政権移譲が無事になされる保証が無かった為、バイデン政権の政策を語ることができなかった。

米国内の世論が分断され、前トランプ政権の負の遺産が多数残り、バイデン氏は「注釈付きの大統領」と揶揄されている。確かに、バイデン政権の運営は容易ではなかろう。しかし、米国社会の分断は今に始まったことではなく、大昔から右派・左派、人種などによる対立構図は常に存在していた。それをトランプ氏が扇動し、南北戦争以来の事件を起こしただけである。

結果的にはバイデンは、僅差ながらも大統領に就任し、下院ばかりでなく上院もかろうじて民主党がマジョリティを握ることになった。いくら社会が分断していても、少なくとも次の中間選挙(202211月)までは、バイデン政権は、議会でのマジョリティを得られなかった2011年以降のオバマ政権より強い政策決定、実行の力を持つことになる。

加えて、前政権の政策があまりにエキセントリックで無茶苦茶であったので、バイデンとしてはそれらを是正するだけで成果を得ることができる。前任者の出来が悪いと、後任が楽なのは、大統領でも社長職でも、課長職でも同じである。

以下、バイデン政権の主な政策と、その米国経済、世界経済、日本に対する影響を整理する。

(1) 予定されているバイデンの政策

バイデン政権の当初の最重点策は、言うまでもなくコロナ禍に対する対応である。前政権の無策、あるいはコロナ無視により米国ではコロナによる死者が40万人に上っている。連邦政府は何もせずとも、多くの都市でロックダウンがなされ、あるいは良識派の国民が活動を自粛し、その結果サービス産業を中心に雇用が大きく減少し、失業者数は1千万人以上となった。

こうした状況に対応し、バイデン政権では総額1.9兆ドル(約196兆円)の経済対策を打ち、うち1兆ドルの家計支援を実施する。具体的には、高所得層以外に1人当たり1400ドルの現金を支給し、失業給付の特例加算金を週300ドルから400ドルに引き上げ、低所得者向けの食料支援も実施する。筆者は、日本も企業(事業者)経由ではなく、困窮家計に直接支援する策が適切かつ有効であると考えるが(本コラム2020111日「コロナ禍に対する政策対応:事業者支援より窮状の個人・失業者に対する直接支援を」ご参照)、バイデン政権はそうした意味で日本に先駆けて適切な政策を打とうとしている。1.9兆ドルの経済対策により、米国の貧困率は13%から9%まで低下するとの試算もある。

より中期的な重点政策は、「グリーン(環境)政策」である。大統領就任直後の120日、バイデンは温暖化対策の国際的枠組みの「パリ協定」に復帰する大統領令に署名した。ガソリン車から電気自動車へのシフト促進は、規制により対応可能であり実現性が高い。他方で、太陽光などの再生エネルギー拡充の為のインフラ整備には、巨額の歳出(4年間で2兆ドルを予定)が必要であり、民主党がぎりぎりで過半数を維持する上院での承認が円滑に得られるかどうかが焦点となる。

その他、選挙時に中小企業や州・地方の財政支援や保育園の無償化、医療保険(オバマケア)の充実も謳っており、これらをすべて実現するとかなりの歳出増となる。これを賄うために、バイデンは選挙時には大企業や富裕層に対する増税を謳ったが、これも上院で可決されるかどうかは定かでない。いずれにせよかなりの財政赤字拡大を覚悟しなければなるまい。バイデンの財政政策の全貌が明らかになるのは、2月初に予定される2021年度予算の予算教書を待たねばならないが、今後10日ほどでどこまで財源を手当てできるかが注目される。

(2) 対外政策・対外関係:通商は不透明、国際関係は改善

通商政策は不透明である。中国に対する強硬姿勢は、同盟国との協働を頼りにする点ではトランプ政権とは異なるが、継続されるであろう。大幅に引き上げられた対中関税も、国内製造業の反発を恐れ元に戻すことはできないであろう。トランプ氏が毛嫌いしたEU(欧州連合)との関係は改善するだろうから、米EU間のFTATTIP;環大西洋貿易投資連携協定)も本格的に動き出すかもしれない。

元々オバマ政権が言い出しっぺだがトランプ氏が大統領就任直後に離脱したTPP(環太平洋パートナーシップ協定、現在の正式名称はCPTTP)に復帰するかどうかは、微妙である。昨年11月には、ASEANと日中韓+オーストラリア、ニュージーランドの15か国でRCEP(地域的な包括的経済連携協定)が調印され、同じく11月のAPEC首脳会議(ONLINE)においては、中国の習近平国家主席がTPP加盟を望むような発言をして以来、環太平洋での主導権を確保する為に米国もTPPに復帰する意義が高まったと思う。しかし、国内のTPP警戒論は強く、たとえバイデンが望んでもTPP復帰はそう簡単ではなかろう。

通商政策は不透明だが、その他の国際関係は改善するであろう。トランプ氏は、長年に渉って国際社会が築き上げてきた国際協調を無視し、パリ協定、TPPから離脱し、イラン核合意、中距離核戦力(INF)廃棄条約など多くの国際合意を反故にした。そしてWHO(世界保健機関)を脱退し、WTO(国際貿易機関)の脱退もほのめかしその機能を阻害してきた。これらの悪ガキ大将のような傲慢な態度は、バイデン政権ですべて改められるであろう。EUのフォンデアライエン欧州委員長が、120日のバイデン大統領就任に対し「おかえりなさい」との表現で歓迎の意を示したのは、米国が4年間のブランクを経て国際社会に復帰したことを如実に示している。トランプ政権に、4年間節操もなく尻尾を振って盲従していた日本からは見え難いが、この4年間、米国はまさに「問題児」「ならず者大国」だったのである。これが正常化するだけでも大いに結構である。

(3) 米国経済・金融市場への影響

バイデン政権の成立による経済・市場への影響を考えるのは難しい。経済状況の違いの原因が、上述の政権の政策の違いにあるのか、他の環境因子の違いにあるのかを判別することができないからである。2021年の経済成長率は、大きなマイナス成長となった2020年から転じてかなり高いプラスの数字となろう。特にワクチン接種が進む今春以降は、前述の家計への巨額の財政支援もあり、経済のV字回復が十分期待できる。雇用も回復するであろう。しかし、これは必ずしもバイデン政権のおかげとは言えない。

2021年の財政収支は、大幅に悪化するであろう。しかし、これも仮にトランプ政権が継続していても同様だったかもしれない。バイデン政権下での支出拡大は、仮にトランプ政権が継続していた場合より大きかったであろう。しかし歳入面では、バイデンは増税を予定するが、トランプ政権であればむしろ減税がなされた可能性がある。1970年代以降の各政権の財政収支を見ると、共和党政権で減税がなされ財政収支が悪化し、民主党政権で増税がなされ財政収支が改善するという傾向がみられる。小さな政府を標榜する共和党政権は、ラッファーカーブを前提にしたような上げ潮戦略を描きがちであり、結果的に財政は悪化する。(これは日本の自民党に似ている)。こうした歴史的、政治思想的な観点からすると、財政収支についてはトランプよりもバイデンが勝利して良かったことになる。

金融市場への影響については、今論じても意味は乏しい。効率的市場では、あらゆる公表情報は瞬時に市場価格に織り込まれる。バイデン政権による歳出増も、財政赤字悪化も、昨年11月の投票日直後に既に市場には織り込まれたはずである。現に、米国の長期金利は既にかなり上昇している。

政権交代による金融政策の影響は、あまり無いであろう。トランプは中央銀行の独立性など無視してFRBに平気で金融緩和圧力をかけたが、バイデンは慣例に従い金融政策への介入は避けるであろう。しかし、いずれにせよFRBは、自らの判断で当面ゼロ金利政策を続けるであろう。

そうすると、現在上げ気味の長期金利も頭打ちとなり、ドル為替レートの上昇圧力もしばらく高まりはしないであろう。為替レートについては、むしろ政策面での切り下げ志向が怖い。伝統的に資産家を支持層とする共和党はドル高を望み、労働者を支持層とする民主党はドル安を望む。実際、過去の民主党政権ではドル安政策(日本にとっては円高誘導要求)が強まった。しかし、上述の支持層の区分も、2016年のトランプ対ヒラリー・クリントンの大統領選挙以来明確でなくなっている為、今や、政治的なバックボーンによる為替政策の違いは不明確である。

(4) 日本にとってもバイデン政権は好都合

上述の為替レートへの影響が不明確だとすると、バイデン政権の誕生は、日本にとっては朗報ではなかろうか。

日本政府や財界は、米国の民主党政権にアレルギーを持っているようだが、これには若干誤解がある。日本政府関係者の多くは、「民主党のビル・クリントン政権の際に、日本はずいぶん厳しい要求をされた」と言うが、その10年前の共和党レーガン政権による対日市場開放要求や貿易摩擦は、数段厳しかったのではないか。「民主党の方が対日政策は厳しい」というのは、単に日本政府が民主党政権を苦手としているからだけではないか。そうであれば、急ぎ民主党とのパイプを太くするのに尽力すべきであろう。

筆者は、バイデン政権の成立は、基本的に日本にとって朗報だと思う。

まず第1に、バイデン政権はトランプ政権と異なり、前述のとおり国際協調を重視する。特に、米国の政権交代によってWTOの機能が戻ることは、日本にとって大変ありがたい。

そもそも一般論として、乱暴な自分勝手な悪ガキ大将より、きちんとした理念を持ち協調と公平を重視するジェントルな正当な級長の方が、安心して付き合える。トランプ政権も、誕生初期には中国、メキシコに次いで日本を敵対視し、対日貿易赤字を問題視していたことを忘れてはならない。安倍晋三前首相との個人的な関係で対日敵対論は影を潜めていたが、もしトランプ政権が続いていたらいつ敵対関係に転じてもおかしくはなかった。

2に、中国と米国の覇権争いは続き、その中で日本は双方から求愛される立場でいられる。トランプ政権であれば、対米追随を徹底するあまり、中国との関係修復は難しかった。しかしバイデンに政権が移り、感情的な対中強硬路線は消え、中国とも普通に付き合えるようになった。その証拠が、驚きのRCEP調印であった。トランプ政権が続いていたら、RCEP調印は出来なかったのではないか?

もちろん、その反面、日本の責任は重く難しくなる。例えば、中国のTPP参加の可否も、日本が主体的に判断しなければならなくなった。南沙諸島などの領海紛争も、「米国任せ」とはいかなくなる。日本は、まさに「地球儀を俯瞰する外交」を求められるのである。(了)