私は生来、相当な怖がりである。地震・火事・水害はもちろん、コロナ感染もガンも怖い。死ぬのも怖いが長生きしすぎるのも怖い。

経済についても怖いことは色々ある。デフレも怖いが、インフレも怖い。スタグフレーションはもっと怖い。円高も怖いが、急速な円安も怖い。増税も怖いが増税を嫌って国債が累増し長期金利が跳ね上がるのも怖い。しかし、長年経済を見てきた経験から、一番怖く、最も警戒すべきと思うのは、「過剰債務」である。

(1) 過剰債務とはどういう状態か

過剰債務とは、負債残高が借り手の収益から見て過大な状況をいう。企業の場合は「債務残高/利益額」、個人の場合は「債務残高/年収」といった指標が大きいと過剰債務となる。マクロ経済で見る場合、国内部門や企業部門の負債残高の名目GDPに対する比率が、長期的な平均水準や趨勢から上方に大きく乖離した時、「過剰債務」ということになる。ただし金利水準が高い程債務負担は大きくなるため、上記の負債残高/名目GDPの数値に、金利を加味して判断したりする。

政府部門にも過剰債務の概念は有り得るが、政府には徴税権があるため、日本のように国内民間部門に十分な純資産(貯蓄の累積)があればデフォルト(債務不履行)には至らず、政府の債務残高水準自体を問題視すべきでないという考え方がある。(政府債務は問題視しない論の代表MMT論のまやかしについては、2019623日付本ブログ「MMTModern Monetary Theory; 現代貨幣理論)の嘘/甘美な話に騙されるな」ご参照) しかし、実際に増税するのは政治的に困難であるというジェームズ・ブキャナン(James Buchanan, Jr.)流の前提に立てば、やはり過大な政府債務は問題視しなければいけない。また、将来の増税を想定して今、支出増や減税をすれば、それは将来世代の可処分所得の減少を前提に現在の世代の可処分所得が嵩上げされていることになり、これは世代間不公平を生む。いずれにせよ、日本のように政府部門が名目GDP250%にも上る債務を負うことは由々しき問題だが、この点はここまでに留めよう。

(2) 過剰債務はなぜ怖い

企業や個人などの民間部門の過剰債務が怖いのには、以下の3つの理由がある。

1は、ある主体の過剰債務は、その主体の破産の可能性が高いことを示す。つまり、過剰債務であれば、企業なら経営破綻(債務超過)、そして倒産(銀行取引停止、法的整理手続き申し立て等)の、個人なら自己破産の可能性が高まる。この結果、企業が負債の増加を抑える為に設備投資を控え、個人の消費性向が低下し、マクロ経済成長にブレーキがかかる。デット・オーバーハング(debt overhang)という現象である。

2は、貸し手の不良債権が増加する。借り手の債務が収益に対して過剰ならば、将来負債の元利金返済が滞る。すなわちデフォルト(債務不履行)の確率が高まる。あるいは借り手から債務減額や金利減免、返済延期を求められ、貸し手の信用コストが高まる。こうした貸出は、銀行など貸し手から見れば不良債権である。近代的な銀行が貸出採算を図る手法として代表的なものにDCF(ディスカウント・キャッシュフロー)法がある。 DCF法によれば、

LB(G-D)/r の条件が満たされなければ貸し手は貸出採算が採れず、貸出債権は不良債権となり、左辺と右辺の差(LB(G-D)/r)が、将来損失額となる。
LB:貸出元本(簿価)G:毎年のキャッシュフロー=元利金収入-調達コスト-経費、D:予想貸倒れ損失額(信用コスト)r:金利)

デフォルトリスクが高いと上式のDが拡大し、金利減免すれば元利金収入が減りGが減り、貸し手の貸出採算は悪化する。DCF法の詳細は益田安良[2006]『中小企業金融のマクロ経済分析』中央経済社,pp.61-65. ご参照)。

銀行の不良債権が増えると、銀行の資産は劣化し純資産(総資産-負債)が減少し、過小資本となり銀行の経営不安が高まる。そうした状況が金融機関全般に広がれば、金融システムの不安が増し、下手をすると金融危機に陥る。

3は、過剰債務は資産バブルと裏腹の関係にあることである。国内部門の資産と負債の差は、対外純資産となる。(国内部門資産-国内部門負債=対外純資産)。つまり、対外純資産に変化がなければ、国内のどこかの部門で負債が増加すれば、どこかの部門の資産が増えているはずである。ここで問題なのは、負債額は変動しないが、資産の時価評価額は資産価格の上下により敏感に変化することである。通常、民間部門の負債が増えている状況では、資産価格が過剰に上昇している。つまり資産バブルが生じているのである。ここから民間部門の過剰債務は、しばしば資産バブルの有無を判断する指標となる。すなわち、過剰債務(例えば国内部門の負債残高/名目GDP)は、時価資産残高/名目GDPに代表される資産バブルの指標とパラレルに動く。(株価バブルの有無に関する見方は、2020531日付本ブログ「コロナ・バブル? 大恐慌以来の経済悪化の中で株価が下がらない不思議」ご参照) 

上記の3懸念のうち、第1と第2は明らかに好ましくない経済環境であるため、こうした状況にならないように政策を手当てすれば良い。しかし3点目は、経済が活況を呈し経済成長率も高い時に生じるので、バブルを警戒して抑制的な政策を実施するのは、盛り上がっている宴会場から酒樽を引き揚げるよりも難しい。

(3) 世界中で過剰債務の芽が

世界全体の債務も急増しているが(下図、出展;Brand Spur社)、個別には中国、米国、日本での以下の3つの過剰債務が心配である。

最も心配なのは、世界最高水準の経済成長を続ける中国の企業部門の過剰債務である。BIS(国際決済銀行)の統計によれば、中国の国内部門(政府・企業・家計合計)の債務残高の名目GDPは、2007年には約140%であったが、2008年のリーマン危機後増加を続け2020年末には倍以上の約290%に至っている。内訳をみると家計部門も継続的に増加しているが、企業部門の債務の増加が著しい。Global Debt

案の上、中国での社債のデフォルト(債務不履行)が2018年以降急増し、2021年のデフォルト額は2017年の7倍程度に拡大するとみられている。とくに驚いたのは、デフォルトを起こした企業の半分近くが国有企業であった点である。国有企業には政府の暗黙の保証があり、デフォルトしないものと市場は信じていたが、それが裏切られた。これは中国の市場経済化プロセスと中国の経済体制全体に対する不信感を高め、実際中国企業の資金調達におけるリスク・プレミアムは拡大している。中国は、コロナ禍をいち早く克服して世界で最も力強い経済成長を示すが、企業部門の過剰債務は、労働力人口の減少と人口高齢化に並び、中国経済の構造上のアキレス腱である。

米国の場合は、政府債務の増加が注目される。コロナ対策とバイデン政権のインフラ整備のための積極的な支出を受け、米国連邦政府の債務残高は28兆ドル以上となり、これは非常事態として2019年から適用を一時停止している法定上限(本年7月末期限)の22兆ドルをはるかに上回っている。民主党が上下院でマジョリティを握るので、最終的には上限は引き上げられるであろうが、債務上限との関係が次年度(10月から開始)の政策運営において少なからぬ制約になることは予想される。

しかし、これは政治、議会運営上の問題である。経済的には、政府の債務が積みあがっても、長期金利に上昇圧力が増す程度であり、目立ったショックは生じない。前述のとおり、政府の債務は民間の債務とは異なり、過剰債務があっても自動的に破綻や市場での調整に至るわけではない。むしろ心配すべきは、バイデン政権が企図する法人税や富裕層個人への増税の後であろう。筆者は、「政府支出を増やす際には必ず財源手当てをすべき」(pay as you go原則)を重視する立場であり、米国や英国の「小さすぎる政府」に危惧を抱いていたので、バイデンの増税構想は強く支持する。(バイデン政権の財政政策の詳細は2021122付本ブログ「米国バイデン新政権が世界にとっても日本にとっても朗報となる訳」ご参照)。増税は支持するが、増税すれば民間企業や家計の可処分所得が減少し、投資・消費が変わらなければ、企業・家計の債務が膨らむのも事実である。したがって将来、民間部門の過剰債務が問題になるかもしれない。ただし、これは増税実施後のことなので45年後のことであろう。

日本は、コロナ禍で盛大に実行された無担保・無利子の「ゼロゼロ融資」の債務負担が心配である。無利子であるから今は一見債務負担は無いが、3年を過ぎると(2023年以降)利子負担が生じる。また、返済期限が到来すると、借り換えができずその際には倒産が増加する懸念がある。つまり2023年頃からコロナ関連融資の焦げ付きが表面化する懸念がある。また、政府系金融機関のゼロゼロ融資は本年末までとされているので、資金繰りが窮地に陥った企業の駆け込みで寺も2022年からはなくなることになる。
 ワクチン接種が進み、人々の消費活動や旅行などが復活すれば飲食店や旅行関連業は収入が増えて倒産を免れ得るであろうが、果たして間に合うか。経済回復とゼロゼロ融資の縮小消滅との、マッチレースということになる。

もう一つ日本で気になるのは、住宅ローンの過剰債務である。ローン重圧絵リーマン危機後、日本の家計の住宅ローン残高は増加を続け、勤労者世帯の住宅ローン返済世帯の負債超過額(負債-貯蓄額)は2020年には世帯平均746万円となり、これは2002年の約500万円から260万円ほど拡大している(日本経済新聞202175日夕刊記事「住宅ローン世帯、膨らむリスク」による)。この背景には、首都圏のマンションなど住宅価格が急上昇していることがあるが、同時に超低金利の下で家計が資金繰りを真剣に考えずに安易に住宅購入・ローン設定に走ってきたことがあるのではないか。すなわち、「金利負担が少ないから借金しても大丈夫」という米国消費者にも似た悪弊が、日本の若年・壮年層にも広まっていたせいではないか。

近い将来住宅ローン金利が急上昇する懸念は少ないが、失業や就業時間の減少などにより収入が減少し、返済に窮する家計が増える可能性は少なくない。とくに今回のコロナ禍で、休業補償や雇用調整助成金で表面的に就業者に残っている方々が、それらの特別措置が縮小した後に収入を失う可能性は低くない。住宅ローン破産が来年以降増加しないか、心配である。

 (4) 背景に超金融緩和

大雑把な議論ではあるが、こうした世界各地での過剰債務の背景には、長期の大規模な金融緩和がある。各国が金融緩和を進める中で、市中に過剰な流動性が供給され、これが国内部門のバランスシート(資産・負債両建て)の拡大をもたらしたのである。

今、米国FRBを筆頭に、金融緩和のテーパリングの機運が少しずつ高まっている。リーマン危機後10年以上続いた超金融緩和の時代は、節目を迎えつつある。日本や欧州で、直ちにマイナス金利が終わることはないであろうが、おそらく5年以内にはマイナス金利政策も終わり、量的金融緩和の出口への歩み(テーパリング)が始まると思う。

その時、過剰債務の逆回転が始まる。デフォルト・倒産が増加し、銀行の不良債権が積みあがる。そして、いくつかの銀行が破綻し、株価は急落する。対応を誤れば、金融危機が先進国でも起こる。臆病者の杞憂に終われば良いのだが。(了)